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ビールの基本:世界のビールの歴史

古代のビール

ビールの歴史は古い。

起源は諸説あり、紀元前7000年頃から存在したとも言われているが、現在では紀元前3500年〜3000年頃のメソポタミア文明においてビール造りが始まったとされるのが定説である。

メソポタミアのモニュマンブルーという粘土板にくさび形文字でビールに関する記録が残されており、メソポタミア文明でビール造りが発祥した証拠とされている。

モニュマンブルーの記録によると、焼いたパンを砕いてお湯を加えて粥状にし、これを放置して自然発酵させて造っていた。出来上がると少量のアルコールと炭酸ガスを含んだ飲み物になる。これが「シカル」と呼ばれビールの始祖と言われている。

メソポタミアでは生水が飲用に適さず、シカルは安全で栄養に富んだ飲み物として重宝されていたようである。

その後ビール造りは古代エジプトに伝わり、古代ギリシャへと時代とともに北上しながら伝播していくが、ギリシャ・ローマでは麦類よりワインの原料となるぶどうのほうがよく育った為、ワイン文化に押されてビールはそれほど発展しなかった。

紀元前1800年頃には北ヨーロッパまでビール造りが伝わっていたようだ。ギリシャ・ローマとは逆にぶどうが育たずワイン文化を持たなかった北ヨーロッパのゲルマン民族、ケルト族が独自の製法でビール造りを発展させていった。

ゲルマンのビール造りは麦芽を煮て麦汁を造り野生酵母で自然発酵させるという方法で、現在のビール造りに通じるものであった。

ビールの伝播のルートは諸説あるが、麦の耕作と共に各地に広まっていったようである。

中世のビール

紀元375年頃からのゲルマン民族の大移動により、ゲルマンのビールもローマ文化との交流が始まる。

ギリシャ・ローマではワインが宗教的にも特別な飲み物であり、この頃はまだビールの存在は低く扱われていたが、800年にカール大帝が西ローマ帝国を再興した際に各地の教会を救済すると同時にビール造りを広めたことで、修道院でのビール造りが盛んになり、ビールもその地位を向上させることになる。

中世になるとヨーロッパ各地でビール造りが盛んになり、自家製のビールが一般的に造られていたようである。

修道院でも盛んにビールが造られており、非常に評価が高かったとされる。設備も整っていたらしくビール造りの品質向上に修道院が大きく貢献していたと言える。

ホップが定着するまでのビールは「グルート」と呼ばれるハーブや薬草をブレンドしたものを使っていた。ホップはグルートの一部に過ぎなかったが徐々にホップを使うことが主流になっていく。736年に農場でホップ栽培がされていた記録が残っており、1079年にはザンクト・ルペルツベルグ修道院がホップを添加してビールを造った記録がある。1100年頃の修道院でも「ビールにホップを用いると香味良く日持ちに優れ、失敗なく出来る」という記述が残っている。冷蔵技術がない時代、ホップによる防腐効果の恩恵は大きかったようである。

1200年代にはドイツではホップを使うことが一般的になり、1300年代にはグルートは使われなくなっていった。

1400年代になるとラガービールが誕生する。

夏の間は気温が高く雑菌の繁殖が防げず品質の高いビールを作れなかった。冬季にビールを醸造し山の中の低温で貯蔵する方法が開発され、ラガー(貯蔵熟成)ビールと呼ぶようになった。

ラガービールはその爽やかな香味と日持ちがすることから当時から人気であった。

新しいスタイルと産業革命

1600年代終わり頃にペールエール、1700年代初めにはポーター、1700年代後半にはスタウトと、様々なビールが登場する。

1842年にはピルスナーが誕生し世界中で人気となる。

1765年に蒸気機関が発明され、ヨーロッパでは産業革命が起き、ビールもその波に乗ることになる。

蒸気機関は麦芽の粉砕などビール製造にも活用され、蒸気機関車は麦などの原材料を運び、遠方へのビールの大量輸送も可能にした。ビール造りは大量生産方式の近代産業へと大きく変化していく。

1800年代中頃に顕微鏡により初めて酵母の存在が確認される。これまでビール造りは経験則で行われてきたが、ここからビール造りも科学による発展を遂げていく。

1865年にはワインの腐敗は微生物が原因であることが発見され、微生物の繁殖を防ぐ低温滅菌法も開発された。この技術は早速ビール造りにも応用され、これによりビールの品質は著しく向上した。後の1883年には純粋酵母培養法も確立され安全で安定した品質のビールが造られるようになる。

1875年には冷凍機が発明され、ビールは年間を通して安定した品質で製造が可能になった。これによりヨーロッパ各地ではビールの大工場が設立されるようになる。

近代のビール文化

第二次世界大戦後は世界中でビールの大手メーカーが誕生する。冷蔵庫の普及などもありピルスナーを代表とする爽快なラガータイプが人気となる。

エールしか飲まなかったイギリスでもラガーのシェアが50%まで伸び、世界中のピルスナーのシェアは現在も80%を誇る。

ライトで爽快感があるラガービールの人気に押され、各地で造られてきた伝統的な製法のエールの醸造所はその数を減らしていくことになる。

しかし、イギリス人ビアジャーナリスト・マイケルジャクソン氏が当時埋もれていたベルギービールを世間に広めたり、イギリスのCAMRAによるリアルエール復活運動などにより、個性的なビールの存在も広く世界に知れ渡るようになり、近年ではアメリカを初め各地でクラフトビールブームが起こり個性的なビールたちは徐々にその地位を取り戻しつつある。

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